たらちねの- 『枕詞千年の謎』を読む(3)-
1)乳房が垂れたさまを表すと解かれている「たらちねの」母だが、
とすれば、当然ながら最近子供を産んだ若い母には縁のない枕詞と
なる。はたしてそうだろうか。
2)「母」を形容する唯一のことば「たらちねの」が、老母に対するもの
に限定されているのも、ちょっと不自然だ。
3)タラには「足・垂・帯」が当てられているが、これが問題であろう。
この3文字に見出せるのは「(三角形の底辺のない)型」という共通義
であるが…。
つまり山と母の関係ということになる。いきなり、「山の神」という
言葉が浮かんできた。ここでは明らかに山と母(妻)がユ-モアまじり
に結ばれている。
4)中国の『釈名』では、「山は産なり」と説かれている。産は古訓に
「コウム」とあり、山の訓にも、ウム・コウムとある。豊かな山の幸
を生む山と、子を生む母はイ-コ-ルで結ばれている。草木が繁茂し
豊富な水を湧出し、鳥やけものが棲息し、鉱物資源の宝庫でもある山
は「万物を吐生するなり」といわれ、土気の象徴であった。万物生成
の根源としての山は、母と同一視され、ともに「コウム」と訓まれて
いたのである。
5)『鶏林類語』には、「山日毎(モイ)」とある。「毎」は字形の中に
母を持つように、次々と子を生むことを表す。
「山は産なり」を朝鮮では、生む・子生む意の「毎」に置き換えて
「山は毎なり」と表し、それを日本では山をコウムと訓じたとすれば、
まさに二つの言葉は地つづきであったといえる。子生む山と母の同義性
を知っていたから、母(妻)を山の神と呼んだに違いない。


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